2012年 05月 04日
(Part1からの続き)
もう一つ、アデーレの肖像画を際立たせているのが、彼女を飾っているジュエリーです。
それについても、少し触れてみましょう。
<当時のジュエリーについて>
アデーレの首の部分全体を覆い、首にぴったり沿う首飾りドッグネックレスが、とても印象的です。
ドッグネックレスというものは、一人ひとり形が違う首に合わせて作られないといけないことから、作り手としても極めて難しいジュエリーなのです。
また、このネックレスを着けこなすということは、かなりのオシャレ上級者でないといけない、そんな印象のジュエリーなのです。
このドッグネックレスは既に16世紀から存在していましたが、ヴィクトリア時代中期(1861-1887年)には再度流行していたようです。
この時代のヨーロッパにおけるジュエリーの特徴について、少し触れてみましょう。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパにおけるジュエリー市場は、買い手となる産業革命以来の新しい富裕層が増加したことによって拡大したため、繰り出される種類も多様な広がりを見せ、実に様々なジュエリーが出現したのです。
一つは、イギリスでは、ヴィクトリア時代の流れを汲み、大衆化された大量生産の安物ジュエリー。
もう一つは、イギリスでアーツ・アンド・クラフト、ヨーロッパ大陸では、アール・ヌーヴォーと呼ばれるデザインと作りに重きを置いた斬新なジュエリー。
そして、もう一つは、イギリスでは『エドワーディアン』、フランスでは、『ベル・エポック』と呼ばれたジュエリーでした。
特に、この『エドワーディアン』、『ベル・エポック』は、新しい貴金属素材として着目されたプラチナを使って、イギリスでは貴族階級、フランスでは新興のブルジョア階級の人々が、社交の場で使う大きくて堂々とした完全な左右対称をデザインの基本とする端正なデザインのジュエリーとして脚光を浴びたのでした。
当時、ジュエリーのモードを代表する2つの大国イギリスとフランスでは、トレンドを牽引する人々に少し違いがあるのです。
イギリスでは、1880年代から、英国王室の社交は、エドワード皇太子とアレクサンドラ皇太子妃を中心に進み、時代のファッションは、この二人によって決められていきます。
当時のトレンドセッターとなった、アレクサンドラ妃の肖像画をご覧下さい。

<アレクサンドラ王妃/1908年/フランソワ・フラマン>
このエドワーディアンという時代・様式は、古代から続いてきた、貴族たちが社会の規範あるいはファッションを決定するという、最後の時代だったと言えるでしょう。
その時代に完成されたエドワーディアン様式は、極めて貴族的であり、粗雑さ、野卑さ、安っぽさをすべて排除しようとしたスノッブな点が大きな特徴と言えるでしょう。
一方、フランスでは、1870年の第三共和制から第一次世界大戦がはじまる1914年前後までをベル・エポック時代(良き時代)と呼び、時代的にはイギリスのエドワーディアン時代とオーバーラップします。
19世紀末のフランスを見てみると、イギリスが依然として貴族階級を保っていたのに対して、18世紀から相次ぐ革命によって、王様も貴族も公式には存在しないことになっていました。
その代わりに社会のリーダーとして登場したのが、ブルジョワと呼ばれる新興の富裕層であり、この新しく出現した富裕層がフランスにおいては、トレンドセッターでした。
彼らのその趣味嗜好においては、19世紀に追放したはずの王侯貴族階級のそれに非常に似ていたのです。
エドワーディアンとベル・エポックのジュエリーに共通の特徴は、プラチナの使用です。
プラチナという金属は、ダイアモンドに色の影響を及ぼさないこと、そして硬いがゆえに、ダイアモンドを留めるための爪としては非常に便利なことが理解され、広く用いられるようになったのは、1900年前後のことです。
プラチナで極度に細く作った台座や枠にダイアモンドを留め、枠部分にたがねで細い溝をつけた細工(ミル打ち)が、この時代の最大の特徴でしょう。
また、真珠は、この時代まだ天然真珠の時代ですが、その使い方も、ハーフパールは姿を消し、大小問わず、丸いままの真珠が多く使われるようになります。
出来上がったジュエリーが、細いプラチナ、ダイアモンド、真珠がメインとなれば、華奢で、「白」となるのは当たり前でしょう。
この時代に生み出されたジュエリーは、ドッグネックレスの他に、ティアラ、コサージュ、ブローチ(ドレスの装飾に用いられた大型のブローチ)、ソートワール(中央に房飾りのあるロング丈のネックレス)といった、堂々とした服装をしないと使えないジュエリーが多かったことも特徴でしょう。

<「スクロール」ティアラ/カルティエ・パリ/1910年/カルティエ・コレクション>
世紀末になると、衣装は女性的な人体の曲線に沿ったデザインになり、胸元やペチコートにレースが使われるなど、エレガントなスタイルとなっていきます。
おそらく当時の社会において女性に求められていた曲線は、ウエストは細く、ピップは丸く、そして胸を強く押し出すラインであったのでしょう。
時代のトレンドセッターの象徴であったイギリスのアレクサンドラ王妃、そしてクリムトの肖像画モデルとなったアデーレ婦人も同様にその理想に近かったのではないでしょうか。
そして、それらにマッチするために、細い曲線を多用したジュエリーデザインが考案されていったのでしょう。
特にこの時代をリードしたジュエラーとしては、カルティエが特筆すべき存在でしょう。
また、やがて20世紀に入って流行したハイネックのエレガントな洋服に合わせて、ドッグネックレスと言われるパールネックレスや繊細な細工のダイアモンドのペンダントやネックレスが装身具の中心となっていったのです。
ジュエリーのデザインは、ファッションとの融合を極めて重視する時代となっていったのです。
裕福な実業家の妻として、不自由のない暮らしをしていたアデーレ婦人。
時流に合わせたファッションに身を包み、時代を象徴するドッグネックレスというゴージャスなジュエリーを身に着けたことで際立った存在となり、クリムトの特別な絵画的表現に色を添えていると思うのです。
Ken
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世界史(世界歴史)
芸術家、アーティスト(芸術)
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もう一つ、アデーレの肖像画を際立たせているのが、彼女を飾っているジュエリーです。
それについても、少し触れてみましょう。
<当時のジュエリーについて>
アデーレの首の部分全体を覆い、首にぴったり沿う首飾りドッグネックレスが、とても印象的です。
ドッグネックレスというものは、一人ひとり形が違う首に合わせて作られないといけないことから、作り手としても極めて難しいジュエリーなのです。
また、このネックレスを着けこなすということは、かなりのオシャレ上級者でないといけない、そんな印象のジュエリーなのです。
このドッグネックレスは既に16世紀から存在していましたが、ヴィクトリア時代中期(1861-1887年)には再度流行していたようです。
この時代のヨーロッパにおけるジュエリーの特徴について、少し触れてみましょう。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパにおけるジュエリー市場は、買い手となる産業革命以来の新しい富裕層が増加したことによって拡大したため、繰り出される種類も多様な広がりを見せ、実に様々なジュエリーが出現したのです。
一つは、イギリスでは、ヴィクトリア時代の流れを汲み、大衆化された大量生産の安物ジュエリー。
もう一つは、イギリスでアーツ・アンド・クラフト、ヨーロッパ大陸では、アール・ヌーヴォーと呼ばれるデザインと作りに重きを置いた斬新なジュエリー。
そして、もう一つは、イギリスでは『エドワーディアン』、フランスでは、『ベル・エポック』と呼ばれたジュエリーでした。
特に、この『エドワーディアン』、『ベル・エポック』は、新しい貴金属素材として着目されたプラチナを使って、イギリスでは貴族階級、フランスでは新興のブルジョア階級の人々が、社交の場で使う大きくて堂々とした完全な左右対称をデザインの基本とする端正なデザインのジュエリーとして脚光を浴びたのでした。
当時、ジュエリーのモードを代表する2つの大国イギリスとフランスでは、トレンドを牽引する人々に少し違いがあるのです。
イギリスでは、1880年代から、英国王室の社交は、エドワード皇太子とアレクサンドラ皇太子妃を中心に進み、時代のファッションは、この二人によって決められていきます。
当時のトレンドセッターとなった、アレクサンドラ妃の肖像画をご覧下さい。

<アレクサンドラ王妃/1908年/フランソワ・フラマン>
このエドワーディアンという時代・様式は、古代から続いてきた、貴族たちが社会の規範あるいはファッションを決定するという、最後の時代だったと言えるでしょう。
その時代に完成されたエドワーディアン様式は、極めて貴族的であり、粗雑さ、野卑さ、安っぽさをすべて排除しようとしたスノッブな点が大きな特徴と言えるでしょう。
一方、フランスでは、1870年の第三共和制から第一次世界大戦がはじまる1914年前後までをベル・エポック時代(良き時代)と呼び、時代的にはイギリスのエドワーディアン時代とオーバーラップします。
19世紀末のフランスを見てみると、イギリスが依然として貴族階級を保っていたのに対して、18世紀から相次ぐ革命によって、王様も貴族も公式には存在しないことになっていました。
その代わりに社会のリーダーとして登場したのが、ブルジョワと呼ばれる新興の富裕層であり、この新しく出現した富裕層がフランスにおいては、トレンドセッターでした。
彼らのその趣味嗜好においては、19世紀に追放したはずの王侯貴族階級のそれに非常に似ていたのです。
エドワーディアンとベル・エポックのジュエリーに共通の特徴は、プラチナの使用です。
プラチナという金属は、ダイアモンドに色の影響を及ぼさないこと、そして硬いがゆえに、ダイアモンドを留めるための爪としては非常に便利なことが理解され、広く用いられるようになったのは、1900年前後のことです。
プラチナで極度に細く作った台座や枠にダイアモンドを留め、枠部分にたがねで細い溝をつけた細工(ミル打ち)が、この時代の最大の特徴でしょう。
また、真珠は、この時代まだ天然真珠の時代ですが、その使い方も、ハーフパールは姿を消し、大小問わず、丸いままの真珠が多く使われるようになります。
出来上がったジュエリーが、細いプラチナ、ダイアモンド、真珠がメインとなれば、華奢で、「白」となるのは当たり前でしょう。
この時代に生み出されたジュエリーは、ドッグネックレスの他に、ティアラ、コサージュ、ブローチ(ドレスの装飾に用いられた大型のブローチ)、ソートワール(中央に房飾りのあるロング丈のネックレス)といった、堂々とした服装をしないと使えないジュエリーが多かったことも特徴でしょう。

<「スクロール」ティアラ/カルティエ・パリ/1910年/カルティエ・コレクション>
世紀末になると、衣装は女性的な人体の曲線に沿ったデザインになり、胸元やペチコートにレースが使われるなど、エレガントなスタイルとなっていきます。
おそらく当時の社会において女性に求められていた曲線は、ウエストは細く、ピップは丸く、そして胸を強く押し出すラインであったのでしょう。
時代のトレンドセッターの象徴であったイギリスのアレクサンドラ王妃、そしてクリムトの肖像画モデルとなったアデーレ婦人も同様にその理想に近かったのではないでしょうか。
そして、それらにマッチするために、細い曲線を多用したジュエリーデザインが考案されていったのでしょう。
特にこの時代をリードしたジュエラーとしては、カルティエが特筆すべき存在でしょう。
また、やがて20世紀に入って流行したハイネックのエレガントな洋服に合わせて、ドッグネックレスと言われるパールネックレスや繊細な細工のダイアモンドのペンダントやネックレスが装身具の中心となっていったのです。
ジュエリーのデザインは、ファッションとの融合を極めて重視する時代となっていったのです。
裕福な実業家の妻として、不自由のない暮らしをしていたアデーレ婦人。
時流に合わせたファッションに身を包み、時代を象徴するドッグネックレスというゴージャスなジュエリーを身に着けたことで際立った存在となり、クリムトの特別な絵画的表現に色を添えていると思うのです。
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